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XF-88 XF-90
Index
Manufucturer Designation Name Remarks No./B
Northrop XF-89A Scorpion 試作機 1
Northrop YF-89A Scorpion レーダー搭載 運用テスト機 1
Northrop F-89A Scorpion 20mm機関砲6門搭載 運用テスト機 8
Northrop DF-89A Scorpion 無人標的管制機 ?(CV)
Northrop JF-89A Scorpion エンジンテスト機 ?(CV)
Northrop F-89B Scorpion Aのアビオ改良 初期量産型 40
Northrop DF-89B Scorpion 無人標的管制機 ?(CV)
Northrop F-89C Scorpion 防爆系統搭載 164
Northrop YF-89D Scorpion 試作機 1(CV)
Northrop F-89D Scorpion オートパイロット、ロケット弾搭載 682
Northrop DF-89D Scorpion 無人標的管制機 ?(CV)
Northrop YF-89E Scorpion エンジン強化型 開発中止 1(CV)
Northrop F-89F Scorpion エンジン強化、主翼改良型 計画中止 0
Northrop F-89G Scorpion 火器管制装置強化型 計画中止 0
Northrop YF-89H Scorpion 試作機 1(CV)
Northrop F-89H Scorpion AIM-4搭載 154
Northrop F-89J Scorpion 核ミサイル搭載 350(CV)
Northrop DF-89J Scorpion 無人標的管制機 10(CV)
戦闘機
Fighter
P-59
XP-79
F-80
XP-81
F-82
XP-83
F-84
XF-85
F-86
XF-87
XF-88
F-89
XF-90
XF-91
XF-92
YF-93
F-94
YF-96
XF-98
XF-99
F-100
F-101
F-102
XF-103
F-104
F-105
F-106
F-107
XF-108
F-109
F-110
F-111
F-117
F-1
F-2
F-3
F-4
F-5
F-6
YF-7
F-8
F-9
F-10
F-11
YF-12
F-14
F-15
F-16
YF-17
F/A-18
F-20
F-21
F-22
YF-23
F-35


 F-89は1945年3月23日に陸軍航空隊のP-61を代替する全天候迎撃戦闘機計画に応募した機体で、1946年5月3日にCurtiss Wright XP-87、Douglas F3D(F-10)の陸上機型とともに開発が始まった。XF-89(1948年6月11日に戦闘機の用途記号はPからFに変更された)は1948年8月16日に初飛行し他の2機種と比較審査され、コクピット配置と整備性で最低評価であったが発展性があるとの理由で採用を勝ち取った。

 空軍がF-89の早期実戦配備を望んだためF-89Aは20mm機関砲を搭載しXF-89/YF-89Aのテストが終了する前の1949年11月15日に早くも初飛行したが、XF-89が水平尾翼の不具合で墜落したためYF-89Aと共に運用テスト機扱いとされ、9機目以降は水平尾翼を改修しアビオも若干変更したF-89Bとなった。1951年2月から部隊配備が始まったが、E1火器管制装置が複雑かつ信頼性が低く、墜落事故も相次いだため1954年までには全て州航空隊に移管された。

 防爆系統を搭載したF-89Cは1951年9月18日に初飛行し就役を開始したが、エンジンのトラブルが多発、また翼の強度不足から墜落事故が発生し長期間グランドすることになった。主力となったのは1951年10月23日に初飛行したD型で、翼端タンクの前方にマイティーマウスロケット弾を104発、延長された機首には機関砲を廃してE6火器管制装置、レーダーと連動して自動的に迎撃コースを取るオートパイロットを搭載していた。これにより容易に敵機を補足、かつ横方向からでも攻撃が可能となり、ロケット弾をフットボール場程度の広範囲にばら撒いて爆撃機を確実に攻撃することができた。D型も初期の頃はC型と同じ主翼の強度不足、30000ft以上での推力低下、その上ポッドの腐食によるロケット弾の誤爆など不具合が相次いだ。機体は1961年まで空軍で使用されて州航空隊へ移管された後1969年に退役した。なお数機はNike 地対空ミサイルの迎撃演習に使用されるRP-70/76無人標的機を搭載するDF-89Dに改造され、1969年まで使用された。

 F-89EはDのエンジン強化型で、C型を改造したYF-89Eは1954年6月10日に初飛行したが、大した性能向上が果たせなかったため開発中止となった。Fはエンジン強化に加え主翼を大型化しかつ前縁に後退角をつけ、水平尾翼を垂直尾翼根元に移し、武装はAIM-4 6発にロケット弾42発を計画していた。しかし計画が進むにつれ重量が増加したため計画は中止された。G型はF型と同様で、かつF-106用MA-1火器管制装置の搭載を予定していたがこれもMA-1の開発遅延により計画中止となった。

 H型は火器管制装置をMA-1の簡易型E9に換装した機体でロケット弾に加えAIM-4も装備し、Lead Collision 迎撃モード(ロケット弾のみ)とTail Chase 迎撃モード(ロケット弾とAIM-4)から最適な迎撃手段を選択することができ、D型より柔軟な迎撃が可能となった。機体は1955年9月に部隊の手に渡ったが、E9のトラブルとロケット弾の誤爆不具合解決に手間取り、1956年3月に漸く作戦能力を獲得したが翌月には超音速迎撃機F-102Aが就役を開始したためほとんど出番が無く、1957年11月から1959年9月までに全て州航空隊へ移管された。

 J型はD型をAIR-2A Genie 空対空核ミサイルを搭載可能にしたもので、FCSにはE9を改良したMG-12を搭載し、はるか高空を飛ぶ爆撃機編隊めがけて上昇中にAIR-2Aを発射することが可能であった。1957年1月1日から警戒任務に就いたF-89Jは1957年7月19日にAIR-9Aの発射に成功し、空対空核兵器を搭載した最初の迎撃機となったがF-102AとF-101Bの就役に伴い1959年7月から州航空隊へ移管され、1968年後半まで使用された。また1963年には10機がDF-89Jに改造され、日本でMIM-3 Nike 地対空ミサイルのテストに使用された。



F-89D-45-NO 52-1911
National Museum of the United States Air Force
Wright Patterson AFB,OH
F-89D-45-NO 52-1927
Castle Air Museum
Atwater,CA

F-89D-45-NO 52-1911
March Field Air Museum
March AFB,CA

F-89D-65-NO 53-2601
Grissom Air Museum
Peru,IN

F-89D-65-NO 53-2610
USAF Armament Museum
Eglin AFB,FL

F-89J 53-2674 (F-89D-70-NO)
Pima Air & Space Museum
Tucson,AZ




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