| Manufucturer | Designation | Name | Remarks | No/B | ||
| Vought | XF-8A(XF8U-1) | Crusader | 試作機 | 2 | ||
| Vought | F-8A(F8U-1) | Crusader | 初期量産型 | 318 | ||
| Vought | DF-8A(F8U-1D) | Crusader | 潜水艦対地ミサイル管制機 | 20(CV) | ||
| Vought | QF-8A(F8U-1KD) | Crusader | 無人標的管制機 | ?(CV) | ||
| Vought | RF-8A(F8U-1E) | Crusader | 偵察機 | 144 | ||
| Vought | TF-8A(F8U-1T) | Twosader | 練習機 開発中止 | 1(CV) | ||
| Vought | F-8B(F8U-1E) | Crusader | Aのレーダー換装全天候型 | 130 | ||
| Vought | F-8C(F8U-2) | Crusader | Bのエンジン強化型 | 187 | ||
| Vought | F-8D(F8U-2N) | Crusader | Bのエンジン、レーダー強化、AIM-9C運用型 | 152 | ||
| Vought | F-8E(F8U-2NE) | Crusader | Dのレーダー、兵装搭載量強化型 攻撃機 | 286 | ||
| Vought | F-8E(FN) | Crusader | Eのフランス向け離着艦性能改善型 | 42 | ||
| Vought | DF-8F | Crusader | BQM-34,QF-9Jの管制機 | 40(CV) | ||
| Vought | RF-8G | Crusader | RF-8Aのエンジン、カメラ改良型 | 73(CV) | ||
| Vought | F-8H | Crusader | DをE仕様に改修した機体 | 89(CV) | ||
| Vought | F-8J | Crusader | EをE(FN)仕様に改修した機体 | 136(CV) | ||
| Vought | F-8K | Crusader | Cを一部E仕様に改修した機体 | 87(CV) | ||
| Vought | F-8L | Crusader | BをK仕様に改修した機体 | 61(CV) | ||
| Vought | F-8M | Crusader | AをK仕様に改修した機体 計画中止 | 0 | ||
| Vought | XF8U-3 | Crusader III | マッハ2級全天候型 不採用 | 5 | ||
| F-8は1952年に海軍が要求した超音速昼間艦上戦闘機として開発された機体であり、超音速飛行と低速着艦性能を両立させるための取り付け角が7°変わる可変取り付け角後退翼が特徴である。XF8U-1は1955年3月25日に初飛行し早くも超音速を突破、1956年8月21日には1015.428mphで飛行しアメリカの速度記録を更新した。このときはF-8の実力を公にしたくない海軍により全力を出し切らないよう指示が出ていたため、世界速度記録更新はならなかった。 1957年3月から部隊配備を開始したF-8は攻撃機として改良を続けながら海軍主力戦闘機の座に着き、1964年6月6日にRF-8Aが撃墜されたのをきっかけに戦闘攻撃機型もラオス紛争に公然と参加するようになり、そのままベトナム戦争に突入していった。だがこの時既に最新鋭F-4の配備が始まっており、F-8は主力の大型空母から脇役の小型空母に追いやられてしまった。しかしミサイル神話全盛時代に開発され、ミサイルを過信し空中戦を全く想定していなかったF-4のベトナム戦争前半のMiG撃墜数が16機(海軍のみ)だったのに対し、独自に空戦訓練を行っていたF-8は18機のMiGを撃墜、「最後のガンファイター」、「MiGマスター」などと賞賛された。もっとも空中戦でMiGを追い詰め、最後に止めを刺した武器は故障続きの機関砲ではなくほとんどAIM-9Dだった。F-8の活躍に刺激された海軍は1968年にTOPGUNを設立、空戦訓練に力を入れるようになった。 1972年に再開した北爆にも引き続き参加したが、この時対MiG戦はTOPGUNの猛特訓で本来の力を発揮するようになったF-4の独壇場になっており、F-8はMiGと交戦する機会もほとんど無く対地攻撃機として使用され終戦を迎え、1976年空母CV-34 Oriskanyと共に戦闘攻撃機型F-8Jが退役した。一方偵察機型のRF-8Gは引き続き活動を続け、イランのアメリカ大使館人質事件にも出動、1982年6月に予備役にまわされ1987年3月29日に退役した。 海外ではフランスがF-8Eの改良型を採用、近代化改修を受けながらRafaleMが戦力化する2000年中旬まで使用された。またフィリピンは1977年にデービスモンサンで保管されていたF-8Hを25機+スペア10機購入したが、過酷な気象条件から稼動機数は減少の一途をたどり、1991年には全機退役した。 XF8U-3はスパローIIIを主兵装とする全天候型で、F8U-1が初飛行する前の1955年7月から開発が始まった。CrusaderIIIと名付けられた機体はアビオを一新、エンジンを強化、大型化しF8Uから完全に設計変更されており、1958年6月2日に初飛行した。最高速度はMach2.6に達し、Mach3も夢ではないとされるほど高速で、機動性、飛行特性も最高だったが、競作されたF4H(F-4)のほうが大型で装備や兵装等裁量が大きく、複座で運用に柔軟性があったため不採用となり、NASAに移管されて衝撃波や自動操縦装置の実験などに使用された後スクラップとなった。 |
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| XF-8A 1138899 The Museum of Flight Restoration Center Everett,WA |
DF-8A 144427 Pima Air & Space Museum Tucson,AZ |
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| F-8C 146995 Pacific Coast Air Museum Santa Rosa,CA |
F-8D 148693 Mid-America Air Museum Liberal,KS |
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| RF-8G 145608 Pacific Coast Air Museum Santa Rosa,CA |
XF8U-3 模型 Patuxent River Naval Air Museum Patuxent River,MD |
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