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| XF-109 | ||||||
| Manufucturer | Designation | Name | Remarks | No/B | ||
| Bell | XF-109 | 開発中止 | 0 | |||
| F-109は元々F-101の複座迎撃機型に与えられていた型式だったが、同機がF-101Bに改称されたため、Bellが1950年代に計画していたMach2級VTOL戦闘機
Model D-188Aがその名を受け継いだ。空/海軍がスポンサーになっていた(海軍用はXF3L-1)この機体は推進用エンジン2基の他にコクピット後方の垂直離着陸の時だけ用いられるアフターバーナー無しリフト用エンジン2基、翼端の水平方向から100度回転する推進/垂直離着陸用エンジン4基(片方2基)、合計8発となっていた。しかし8発のエンジンを適切にコントロールするのは難しそうで、また水平飛行に邪魔なリフト用エンジンを搭載していたことから計画していたほどの性能が出せたのかは疑問である。モックアップは1960年12月5日に完成したが、空/海軍とも同機にあまり興味を持っておらず、1961年には早くも開発中止となった。 第2次大戦に敗北したドイツは長らく航空機開発を禁止されていたが、1955年に規制が解除されるとその共産圏最前線に位置する地理的状況から1957年にVTOL迎撃機の開発を始めた。Bellの協力でXF-109から推進用エンジン2基を取り除き、また残りの6発をロールスロイス製アフターバーナー無しエンジンとしたVJ-101Cが1963年4月に初飛行、垂直から水平飛行への転換も成功、1964年7月にはMach1.08を記録、世界初の超音速VTOL機となったが9月にレートジャイロの誤接続により離陸時に墜落してしまった。1965年6月に初飛行した2号機は翼端エンジンにアフターバーナーを装備し飛行性能が向上したが、垂直離着陸時の高熱排気によるエンジンストールや、機体、地面の焼損など新たな問題も発生した。 その後ドイツはFairchild Republicと共同でF-104Gを代替するVTOL可変後退翼戦闘機の開発を始め、VJ-101Cはそのテストベッドとして使用されたが1971年6月に同計画は中止されその役目を終えた。なお一連の開発で力をつけたドイツは後にイギリス、イタリアと共同でTornadoを開発することとなった。 |
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