Manufucturer Designation Name Remarks No/B
Convair XF2Y-1 Seadart 試作機 1
Convair YF-7A(YF2Y-1) Seadart 試作機 開発中止 4
Convair F-7A(F2Y-1) Seadart 初期量産型 計画中止 0

 エンジン推力が弱かったジェット機登場当時、頑丈な降着装置を搭載する重たい艦上機の性能は陸上機に比べて非常に低く、陸上機並の高性能な艦上機を開発することは不可能と考えられていた。そのため1948年に海軍は水上離着陸超音速迎撃機計画を発表し、Convairの案がXF2Y-1として開発されることになった。武装は20mm機関砲4門と2.75inロケット砲で、水を吸い込まないようインテイクは背面に設置され、胴体下面断面はボートのように三角形をしており、水上走行のためのスキーを2本装備し、更に陸上にも移動できるよう尾部とスキー後端には車輪が付いていた。ただし陸上での離着陸はできない。XF2Y-1は1953年4月9日に初飛行したが、水上滑走中に振動が発生、また推力不足から音速を突破することはできなかった。

 1953年後半になると超音速艦上戦闘機の目処が立ってきたことから海軍はこの機体に興味を失い、1954年3月までにF2Y-1は全てキャンセルとなったが、XF2Y-1とYF2Y-1は実験機となり引き続き飛行試験は継続された。より強力なエンジンを搭載したYF2Y-1 1号機は1954年前半から飛行を開始、8月3日にダイブで音速を超え世界初の音速を突破した水上機となったが、まだエリアルール発見前の機体だったため水平飛行では音速を超えることはできなかった。この機体は11月8日にサンディエゴ沖の高速低空展示飛行中に墜落してしまった。その後XF2-1とYF2-1の2号機は1枚物や水中翼付きなど様々なスキー形状で1957年後半までテストされたが、結局滑走中の振動を克服できず試験は終了した。なおYF2Y-1の3,4号機は完成したものの飛行はしなかった。

 1962年5月に3軍統一呼称法が制定されるとこの機体にはF-7の名称が与えられた。正式採用されなかっただけでなく、既に退役しているにもかかわらずなぜFナンバーが与えられたのかは不明であるが、不採用決定後も長々と試験を続けたことからして海軍は水上機というカテゴリーにまだ未練があったのかもしれない。
Picture of This Aircraft
YF-7A 1/10風洞実験モデル
Patuxcent River Naval Air Museum
Patuxent River,MD

YF-7A 模型
Pima Air & Space Museum
Tucson,AZ



Fighter Index
BackNext