Manufucturer Designation Name Remarks No/B
Grumman YF-14A Tomcat 試作機 12
Grumman F-14A Tomcat 初期量産型 545
Grumman F-14A(TARPS) Peeping Tom TARPS搭載偵察機 46(CV)
Grumman F-14A+ Super Tomcat F-14B(現在)に改称
Grumman F-14A++ Tomcat AにDのアビオを一部導入した機体 計画中止 0
Grumman F-14B(旧) Tomcat Aのエンジン強化型 開発中止 1(CV)
Grumman F-14B(現在) Super Tomcat AにDのエンジンを搭載した機体 38
32(CV)
Grumman F-14B(TARPS) Peeping Tom TARPS搭載偵察機 8(CV)
Grumman F-14C Tomcat B(旧)のアビオ強化型 計画中止 0
Grumman F-14D Super Tomcat Aのエンジン、アビオ強化型 37
Grumman F-14D(R) Super Tomcat AをDに改修した機体 18(CV)
Grumman F/A-14D Super Tomcat アビオ強化戦闘攻撃機 計画中止 0
Grumman F-14X Tomcat F-14Aの簡易型 計画中止 0

 1960年代後半にソ連で相次いで就役した新型機に対抗するために開発された戦闘機で、高高度の爆撃機や高速戦闘機から海面すれすれのミサイルまで、アメリカ艦隊の脅威となりうるありとあらゆる飛行物体を撃墜することを目標としていた。当時開発中の艦上戦闘機は空海軍共用戦闘機F-111の海軍型F-111Bだったが、この機体の失敗を予想していたGrummanは独自に新型機の設計に着手しており、1968年5月にF-111Bの開発が正式に中止となるとそのAWG-9火器管制装置、AIM-54 Phenix空対空ミサイル、TF30 Tubofun Engineを流用しF-14を完成させた。この機体には高速能力/低速離着陸性能とベトナムの戦訓から高い機動性を要求されていたため飛行速度により自動的に角度が変わる可変後退(VG)翼が採用されたが、XF10FやF-111BでVG翼の経験を積んでいるGrummanはにはうってつけだった。また24個の目標から最も脅威となる6つの目標を抽出し、射程160kmのPhenix空対空ミサイルを6連射することができる火器管制システムが特徴である。無人標的機を利用した実験では6発中4発命中(1発は不発、1発は故障)という成績を残した。但し1発100万ドルもする非常に高価なミサイルのため実戦で使用されたことは殆ど無く、残念ながら敵機に命中したことも無い。

 初号機は1970年12月21日に初飛行し、最初の飛行隊が第1戦闘飛行隊VF-1 Wolf Pack及び第2戦闘飛行隊VF-2 Bounty Huntersで結成され1975年のFrequent Wind作戦でベトナム戦争に参戦した。このときは敵機との交戦は無かったが、1981年8月19日と1989年1月4日の第1次、第3次シドラ湾事件ではそれぞれリビア空軍のSu-22、MiG-23を2機撃墜し、湾岸戦争ではイラク軍機に徹底的に交戦を避けられるなど能力の高さを証明した。

 F-14Aの欠点はTF30エンジンの性能が不安定なことで、激しいスロットル操作でコンプレッサーストールを起こし、度々重大事故が発生した。海軍は67号機から新型エンジンに更新したものをB型、更にアビオを更新したものをC型としてアップグレードする予定であったが、F-14B(旧)は1973年9月12日に初飛行したものの、エンジンの完成に莫大な費用と時間がかかることから開発は中止となった。1990年2月9日にようやくエンジン、アビオを更新したD型が初飛行しその性能は劇的に向上したが、これも開発費高騰から新規生産は37機、A型からのコンバートも18機で中止、エンジンとアビオを若干更新したB型も38機(32機がA型からコンバート)にとどまった。

 ソ連が崩壊するとその迎撃に特化した性能のため存在価値が薄れ、TARPS戦術偵察ポッドを搭載したり攻撃能力を強化して偵察/攻撃にも使用できる多用途機として生き残りを図るようになった。特にLANTIRNポッドを装備したBombcatは湾岸戦争後に退役した長距離侵攻攻撃機A-6Eの穴を埋める貴重な戦力になるかと思われたが、F-14自体が運用コストの高さから現在急速にF/A-18Fへの交代が進んでおり、2005年度中に完全に退役する予定である。VG翼はフライトエンベロープを拡大するのに有効ではあるが、機体が大きく重く複雑で高価になるのが欠点であり、VG翼の先輩F-111と同じく余力を残しながらの早期退役となる。ライバルF-15の華々しい活躍に比べ生涯撃墜数僅か5機と非常に寂しく、トムにとって活躍の場が与えられないまま無念のリタイヤとなるが、トムの出番が無かったということはアメリカとソ連の全面対決即ち第3次世界大戦が避けられたということでもあり、それはそれでよかったのではないだろうか。映画の主役にもなったF-14の美しいフォルムと高性能は退役しても永遠に語り継がれることであろう。

 非常に高価なため海外で同機に興味を示した国はほとんど無かったが、パフレヴィー朝ペルシア王国がオイルマネーに物を言わせ80機購入した。しかし79機が納入された時点で同国がイラン・イスラム革命により反米国家に転向すると、アメリカの支援が途絶え稼働率は激減したが現在はロシアの支援で回復しているらしい。そのうちの1機はPhenix付きでソ連に売却されたと見られている。
Picture of This Aircraft
YF-14A-20-GR 157984
National Museum of Naval Aviation
Pensacola,FL

YF-14A-50-GR 157990
March Field Air Museum
March AFB,CA



F-14A-90-GR 159829
Wings Over The Rockies Museum
Denver,CO


F-14A-90-GR 159830
Western Museum of Flight
Hawthorn,CA



F-14A-90-GR 159848
Tillamook Naval Air Station Museum
Tillamook,OR

F-14A-95-GR 160382
The Museum of Flight
Seattle,WA



F-14A-100-GR 160686
Pima Air & Space Museum
Tucson,AZ


F-14A-100-GR 160694
USS Lexington Museum on the Bay
Corpus Christi,TX





F-14A-105-GR 160889
Pacific Coast Air Museum
Santa Rosa,CA

F-14A-105-GR 160903
Mid-America Air Museum
Liberal,KS





F-14A-110-GR 161141
NAF Atsugi
Ayase,Kanagawa,Japan

F-14A-125-GR 161615
Combat Air Museum
Topeka,KS



F-14A-125-GR 161623
Patuxent River Naval Air Museum
Patuxent River,MD

F-14D-170-GR 164343
Evergreen Aviation & Space Museum
McMinnville,OR



F-14 Sim
Patuxent River Naval Air Museum
Patuxent River,MD


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