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F-84 F-86
Index
Manufucturer Designation Name Remarks No./B
McDonnell XF3H-1 Demon 試作機 2
McDonnell F3H-1 Demon 迎撃機 計画中止 0
McDonnell F3H-1N Demon 初期量産型 全天候戦闘機 56
McDonnell F3H-1P Demon 偵察機 0
McDonnell F-3B Demon F3H-2 スパローIII運用型 224
McDonnell MF-3B Demon F3H-2M スパローI運用型 80
McDonnell F-3C Demon F3H-2N 1Nのエンジン換装、AIM-9運用型 140
McDonnell RF-3B Demon F3H-2P 写真偵察機 計画中止 0
McDonnell F3H-3 Demon エンジン強化 計画中止 0
戦闘機
Fighter
P-59
XP-79
F-80
XP-81
F-82
XP-83
F-84
XF-85
F-86
XF-87
XF-88
F-89
XF-90
XF-91
XF-92
YF-93
F-94
YF-96
XF-98
XF-99
F-100
F-101
F-102
XF-103
F-104
F-105
F-106
F-107
XF-108
F-109
F-110
F-111
F-117
F-1
F-2
F-3
F-4
F-5
F-6
YF-7
F-8
F-9
F-10
F-11
YF-12
F-14
F-15
F-16
YF-17
F/A-18
F-20
F-21
F-22
YF-23
F-35


 F-3は1948年5月に海軍が要求した迎撃機として開発された機体で、XF3H-1は1951年8月7日に初飛行した。開発途中の1950年6月に朝鮮戦争が勃発し、当時の全天候戦闘機F3D(F-10)が低性能だったため、急遽量産型F3H-1はキャンセルされ全天候型としてレーダーを搭載、機内燃料を増加させたF3H-1Nが開発されることになったが、突然の大幅な設計変更とJ40エンジンの開発の遅れによりF3H-1Nが初飛行したのは1953年12月24日であり、結局朝鮮戦争には間に合わなかった。

 初期段階においてはJ40エンジンのトラブルが深刻で1952年8月から1955年10月の間に11機が墜落し4人のパイロットが死亡、「殺人機」と酷評されるに至った。頻発する事故によりF3H-1Nは飛行停止となり、21機が地上教材、残りはスクラップ処分となった。また開発中だったF3H-2Nと2Mはそれぞれ1955年4月23日、8月23日に初飛行したが、これらの機体はエンジンをJ71に換装し主翼を増大させることによって漸くトラブルは減少し、1956年3月7日から運用を開始した。

 同世代のF-8に比べて力不足は否めず、エンジンの燃費が悪いため航続距離が短くアフターバーナーの使用も限られており、燃料タンクを2本装備するとかえって抵抗により航続距離と滞空時間が減少するという有様だった。それは地上攻撃兵器を搭載した場合も同じで、1964年には退役してしまいベトナム戦争にも参加できなかった。それでも敵機の後方からしか攻撃できない初期のサイドワインダーと違い全方向から攻撃できるスパローIIIの運用方法を確立したことは意義があり、8年間の就役期間中23の戦闘飛行隊で使用され、安定性と良好な飛行特性を評価するパイロットもいた。F-3はお世辞にも高性能とは言えなかったが、後にMcDonnellの大成功作となるF-4の礎となった貴重な機体だった。

F-3C 137001



MF-3B-10-MC 137078
National Museam of Naval Aviation
Pensacola,FL
F-3B-15-MC 145221
Pima Air & Space Museum
Tucson,AZ

   
  F-3B 146739
Intrepid Sea, Air & Space Museum
New York, NY

 
   


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