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F/A-18 F-21
Index
Manufucturer Designation Name Remarks No./B
Northrop F-20A Tigershark 不採用 3
戦闘機
Fighter
P-59
XP-79
F-80
XP-81
F-82
XP-83
F-84
XF-85
F-86
XF-87
XF-88
F-89
XF-90
XF-91
XF-92
YF-93
F-94
YF-96
XF-98
XF-99
F-100
F-101
F-102
XF-103
F-104
F-105
F-106
F-107
XF-108
F-109
F-110
F-111
F-117
F-1
F-2
F-3
F-4
F-5
F-6
YF-7
F-8
F-9
F-10
F-11
YF-12
F-14
F-15
F-16
YF-17
F/A-18
F-20
F-21
F-22
YF-23
F-35


 Northropは1974年にF-5Eの発展型を検討し始め、台湾の要求を取り入れた機体をF-5Gとして計画したが、ソ連を刺激しないようにとのアメリカ政府の方針で輸出専用機の開発は禁止されてしまった。その後1980年にMiG-23/27に対抗できる輸出専用機計画が承認され、強力なエンジン単発としてスパローも運用可能なF-5GはGeneral Dynamicsの提案したF-16のエンジンダウングレード版F-16/79より遥かに有望と見られていたが、1982年1月に再び台湾への輸出を禁止されてしまった。(なおF-5G導入を拒否された台湾はAIDCを設立し経国を開発するが、後に再び規制が緩和され通常のF-16を導入することになる。)これによりNorthropは台湾以外の国に売込みを図るべく更にアビオを大幅に強化して機体を完成させ、1号機は1982年8月1日に初飛行、11月には旧式化したF-5のイメージを払拭するためF-20に改称された。

 1983年7月と1984年5月6日には2、3号機も完成し世界各地を飛び回り高性能をアピールしたが、1984年10月10日、1985年5月14日に1,2号機が墜落しパイロットが死亡した。機体は9Gにも耐えるよう頑丈にできていたが、当時のGスーツではパイロットがこれに対応できずブラックアウトに陥ったのが原因と推定され、機体に欠陥があったわけではなかったがイメージダウンは避けられず、その頃にはF-16通常版の輸出が解禁されていたこともあって1機も受注を獲得することができなかった。Northropは輸出用だけではなくF-106の後継機、すなわち北米大陸防空戦闘機としても採用を狙っていたがこれも安価なF-16Aの改良型に破れてしまった。F-20はかつてX-1で史上初めて音速を突破したチャック・イェーガーも惚れ込むほどの機体だったが、1986年11月17日にレーダー、燃料搭載量を強化した4号機の製作を中止してついに開発を断念、自社資金12億ドルをかけたNorthropの世界市場制覇の野望はここに潰えてしまった。

F-20A 82-0063



F-20A 82-0064
California Science Center
Los Angels,CA

F-20 模型
Western Museum of Flight
Hawthorne,CA




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