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F-21 YF-23
Index
Manufucturer Designation Name Remarks No./B
Lockheed YF-22A 試作機 2
Lockheed Martin F-22A Raptor 187
Lockheed Martin FB-22A Raptor デルタ翼小型爆撃機 計画中 計画中止
Lockheed Martin F-22B Raptor Aの複座型 計画中止 0
戦闘機
Fighter
P-59
XP-79
F-80
XP-81
F-82
XP-83
F-84
XF-85
F-86
XF-87
XF-88
F-89
XF-90
XF-91
XF-92
YF-93
F-94
YF-96
XF-98
XF-99
F-100
F-101
F-102
XF-103
F-104
F-105
F-106
F-107
XF-108
F-109
F-110
F-111
F-117
F-1
F-2
F-3
F-4
F-5
F-6
YF-7
F-8
F-9
F-10
F-11
YF-12
F-14
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F-16
YF-17
F/A-18
F-20
F-21
F-22
YF-23
F-35


 1970年代末、ソ連のMiG-29、Su-27の出現に危機感を抱いたアメリカ空軍は1981年11月、ATF(Advanced Tactival Fighter:先進戦術航空機)計画を立ち上げた。この要求は徐々に具体化していき、ソ連新型機を凌駕する高機動性、ソ連製防空網を突破するためのステルス、超音速巡航機能が求められるようになった。1986年3月に海軍のF-14Dを代替するNATF(Naval ATF)も加わった同計画に当初は7つのメーカーが独自の案を出していたが、ステルス技術に長けたLockheedとNorthropが1986年10月にDem/Val(Demonstration and Validation:概念実証/飛行実証)フェーズに進む勝者となり、それぞれYF-22,YF-23となった。Lockheedの案はF-117に手を加えたようなデザインだったが、1987年10月にはデザインを根本的に変更し現在の形状となっている。なお、前者はBoeing、General Dynamics、後者はMcDonnell Douglasと手を組み、いずれの案が採用されても開発を分担する協定を結んでいた。また超音速巡航を実現するための高出力エンジンの要求は1983年5月に発表され、9月にPratt & WhitneyとGeneral ElectricがそれぞれYF119、YF120を開発することになった。

 両者の飛行試験準備が整う1990年夏まで秘匿されていたデザインが公開された時、YF-22の比較的保守的な形状に驚く人も多かったが、これはステルス性を若干犠牲にして格闘戦能力を重視した結果だった。もちろんアクティブフェイズドアレイレーダーや推力変更ノズル、統合電子戦システムなどの最新技術もふんだんに取り入れられている。YF-22ではコンピューターの発達によりF-117では実現できなかった曲面を含む形状となり、また維持に手間のかかる電波吸収塗料の使用はなるべく抑えられ、ステルス性は極力機体形状で達成されるようにデザインされている。更に超音速巡航による高熱に耐えるべく複合材の割合が意外と少なく、その分チタンを多用し重量軽減を図っている。

 YF120エンジンを搭載したYF-22 1号機はYF-23に遅れること約1ヶ月、9月29日、YF119エンジンを搭載した2号機は10月30日に初飛行した。2機のYF-22は10月25日超音速飛行、翌日空中給油、11月3日にはノンアフターバーナーでのMach1.58の超音速飛行、11月15日に推力変更ノズルによる操縦テスト、12月には迎角60°での360°ロール、更に11月28日、12月20日にそれぞれAIM-9,AIM-120Cの発射テストにも成功、12月28日の最終飛行でMach2.0を達成し飛行テストを終了した。性能だけでなく取得性、整備性など詳細に比較検討された結果、1991年4月23日にYF-23を破って勝利を獲得した。なおエンジンはYF119が勝利している。

 EMD(Engineering and Manufucturing:技術製造開発)フェーズに進んだF-22はノーズ、翼の形状変更やコクピットの前方移動など更に改修が加えられ、1997年4月9日の初号機ロールアウト時にRaptorの名称が与えられた。非常に高価な機体のため生産数は当初の750機から約200機まで削減され、複座のF-22Bもキャンセル、海軍もNATFから手を引きより安価でリスクの少ないF/A-18E/Fを選ぶなどこれまでの道のりは決して平坦ではなかったが、いよいよ2005年末から部隊配備を開始した。なお戦闘だけでなく攻撃にも使用できるようになっており、その多様途性能を強調するため2002年9月17日にF-22AからF/A-22Aに改称されたが、2005年12月13日に再びF-22Aに戻った。。従来の航空機に比べ圧倒的な能力を持つ同機は、Air Dominance Fighter:航空支配戦闘機と呼ばれている。なおLockheedは1993年3月にGeneral Dynamicsの戦術航空機部門を買収しF-22のシェアを2/3とし、1995年3月にMartin Mariettaと合併しLockheed Martinに社名を変更した。



YF-22A 87-0700
National Museum of the U S Air Force
Wright Patterson AFB,OH



   
  F-22A Block1 91-4003
National Museum of the U S Air Force
Wright Patterson AFB,OH
F-22A Block10 99-4100
Nellis Airshow
Nellis AFB, NV
 
 
 
F-22A Block10 00-4017
Nellis Airshow 2007
Nellis AFB, NV



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