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F-35 XP-79
Index
Manufucturer Designation Name Remarks No./B
Bell XP-59A Airacomet 試作機 3
Bell YP-59A Airacomet 先行量産型 13
Bell P-59A Airacomet 初期量産型 20
Bell XP-59B Airacomet 単発低翼機 計画中止 0
Bell P-59B Airacomet Aのエンジン換装型 30
戦闘機
Fighter
P-59
XP-79
F-80
XP-81
F-82
XP-83
F-84
XF-85
F-86
XF-87
XF-88
F-89
XF-90
XF-91
XF-92
YF-93
F-94
YF-96
XF-98
XF-99
F-100
F-101
F-102
XF-103
F-104
F-105
F-106
F-107
XF-108
F-109
F-110
F-111
F-117
F-1
F-2
F-3
F-4
F-5
F-6
YF-7
F-8
F-9
F-10
F-11
YF-12
F-14
F-15
F-16
YF-17
F/A-18
F-20
F-21
F-22
YF-23
F-35


 P-59はアメリカ初のジェット機となった機体であるが、元々P-59はBellが計画していた双胴推進式レシプロ機の名称だった。イギリスとドイツが1930年代にジェットエンジンの開発を始めていたのに対しアメリカは殆ど無関心だったが、1941年にドイツへの対抗上イギリスのジェットエンジンをGeneral Electricでライセンス生産し、それを搭載した機体をレシプロ機XP-59の代わりに開発することになった。なぜアメリカ初のジェット機開発という名誉をBellに与えることにしたのかはっきりしないが、主要メーカーはレシプロ機の生産で多忙でありジェット機を開発する余力が無かった、これまで斬新な機体を送り出してきたBellの設計に期待した、Bellの工場がGeneral Electricに近かったなどの説がある。

 XP-59Aは1942年10月1日に初飛行したが、レシプロ機と同じ形状の機体に推力重量比の極めて低いエンジンを2発搭載した機体は速力、上昇率、機動性などあらゆる面で当時のレシプロ機に遠く及ばないほど低性能で、エンジンを強力なものに換装したP-59Bでも重量増加のために殆ど改善は見られなかった。結局生産数は100機から50機に削減され戦闘機としは使用されなかったが、EdwardsAFBにおいてジェット機の操縦、エンジン整備慣熟訓練機として使用され、後のジェット機開発、運用に貴重なデータを残した。Bellは強力なエンジン単発、低翼としたXP-59Bも計画したが陸軍航空隊はこれ以上の発展は無理と判断、資料をLockheedに送付し別の機体の開発を依頼することになった。

P-59A-1-BE 44-22614



YP-59A-BE 42-108777
Planes of Fame Air Museum
Chino,CA
XP-59A-BE 42-108784
National Air & Space Museum
Washington,D.C

P-59A-1-BE 44-22614
March Field Air Museum
March AFB,CA
P-59B-1-BE 44-22650
Museum of the United States Air Force
Wright Patterson AFB,OH



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