Manufucturer Designation Name Remarks No/B
Douglas XF4D-1 Skyray 試作機 2
Douglas F-6A(F4D-1) Skyray 量産型 420
Douglas F4D-2 Skyray エンジン強化型 計画中止 0
Douglas XF5D-1 Skylancer 旧称F4D-2N 全天候型 開発中止 4

 F-6は海軍の艦隊防空戦闘機の要求に基づき開発が始まった機体で、かつてJack Northrop(Northropの創始者)がDouglasに所属していた時から研究していた無尾翼機にドイツ降伏によりもたらされたデルタ翼理論を取り入れ完成したXF4D-1は1951年1月21日に初飛行した。搭載予定だったJ40エンジンは機体に間に合わず、テスト飛行は推力の低いJ35エンジンを搭載して行われたため遅々として進まなかったが、J40を搭載した機体は1953年10月3日に、3kmコースで752.944mphの速度記録を樹立、これは世界初の艦上機による世界速度記録となった。更にその年の10月16日には100km閉鎖コースで728.11mphの 速度記録樹立を樹立した。しかしJ40エンジンは完全な失敗作で、推力不足に加え深刻なトラブルが多発したことから量産型ではJ57エンジンが使用されることになり、新エンジンに合わせて胴体を設計変更しなければならなくなった。

 量産型のF4D-1は1954年6月5日に初飛行したが、インテイク形状に起因するエンジントラブルや空力的な問題の解決に時間がかかり、1956年4月16日から漸く就役を開始した。1958年5月22,23日には3000mから15000mまで3000m毎の世界上昇時間記録を更新し高性能をアピールしたが、迎撃任務に特化していたため多用途性に乏しく、1964年2月29日に退役した。

 まだF4D-1も就役しない1953年、ダグラスはF4D-1の全天候型を海軍に提案しF4D-2N(後に大幅に設計変更されたことからF5D-1に改称)として了承され開発が始まった。1956年4月21日に初飛行したXF5D-1は機内燃料を35%増加し、火器管制装置も新たに開発してスパローIIアクティブレーダーミサイルを運用することができ、最大速度は高空でで1000mphを突破するなど飛躍的に性能が向上し、飛行試験も順調にこなして将来が嘱望されていたが、19機の追加発注を受けたところで11月に突然開発中止となった。理由は既にF-8の採用が決定しており、海軍は似たような任務の機種を同時に採用する財政的余裕が無かったからである。その後F5D-1はNASAに引き取られ、X-20 Dyna-Sore宇宙往還機パイロットの操縦訓練、超音速旅客機用主翼、M2-F2リフティングボディー機のフライトシムや随伴など様々な実験に使用されたが、補給パーツが底をつき1970年3月に退役した。最後まで残った1機はかつてX-20計画で同機を飛ばしたニール・アームストロング(アポロで月面着陸した宇宙飛行士)博物館に展示されている。
Picture of This Aircraft
F-6A 134738
Pima Air & Space Museum
Tucson,AZ

F-6A 134764
Patuxcent River Naval Air Museum
Patuxent River,MD



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